洗濯物が飛んできた。

東京都豊島区、おんぼろアパート3階の1室。
これでも会社のオフィス。
今日は午前中からひどい風が吹き荒れている。
春の嵐か、ガタガタと部屋全体が不吉な音をたてる。
しかし、隣の民家と30センチしか離れていないのは、明らかに建築基準法違反ではないのか？
火事があれば、命の保証はないだろうな。

昼過ぎ
先月の売上計算が1段落し、ふと顔を上げると、目の前を白いものがよぎる。

はっ。ここは、心霊スポットだったのか？

どうしてこんな時に限って、
他のだれもが外出しているのだ？

おそるおそる窓の外を見る。
なにかある。

針金ハンガーつきの白Tシャツだ。
明らかに安物のくたくたの白Tシャツだ。

すぐそこの
隣の民家の屋根瓦の上に。

上の階の住人だろうか？
都会のルールにおいて、
もちろん、見かけて挨拶くらいはするが、知らない人の範疇に入る間柄だ。
そして飛ばされた洗濯物にはかなり無理をすれば届きそうな距離。
怪我しない保証はないでもないな。
なにか長い棒でもあれば。
マジックハンドはないのか？
辺りを見回すが、だいたい仕事場にそんな便利な物があるわけがない。
さあ、どうする？拾ったところで、どうすんだ？
わざわざ持っていくのか？
安物のくたくたのよれよれの白Tシャツだ。
届けたりすると、かえって相手が恥ずかしい思いをするかもしれない。

見てみぬ振りをするのが
優しさではないのか？

突風。

カッパーフィールドがいたようだ。
目の前の現実は夢のように過ぎ去った。
今のは見なかったことにしよう。